バナナはおやつ

しがないOLの人生とその先について。

大人と子供の話

 

大人になる、ってなんなんだろうなあ、と、考えることが増えた。

 

つい最近まで、就職活動をしながらニートをしていた。2社目の転職もうまくいかず、短期間で辞めてしまって、何をする気も起きずにご飯を食べて寝て起きていた。

 

ほんとうに毎日死にたくて、あれもこれもつまらなくて、でもほんとうに楽しい毎日だった。やらなきゃいけないことがなにもなくて、起きる時間も寝る時間も自由自在。昼間のドラマの再放送もみられる。深夜アニメだって海外ドラマだって見放題。元々なにもなければ家から出るのもいやなので、そんなわたしにはさいこうの毎日だった。もうほんとうに最高。楽しかった。

 

 

このまえ、恋人が有給をとってわたしのおうちで一日ごろごろしていた。わたしは朝会社にいったのだけれど、恋人に駅まで見送ってもらって、そこでばいばいした。帰り、恋人が駅まで迎えに来てくれた。駅からの帰り道、「今日は一日無駄にしたって感じがする。」と溢していたのが気になった。

 

よくよく話を聞いてみれば、「特にやることがなくてごろごろする休日は持て余してしまうし罪悪感がすごい」とのこと。

 

わたしは、この話を聞いて心底驚いたし勿体無いと思った。休みくらいすきに生きたら良いのに。

きっとこの人はちゃんとした人なんだな、と思った。労働をしてお金を稼ぐ意思があって、毎日こつこつ、とか、そういうことができるのかすごいな。と思った。

休みは休むためにあるんだから存分にごろごろすれば良いし、そんなの働くために生きているみたいだし、ほかにやりたいこととか、なにか……こう、人生の目標とか、日向ぼっことか、働くことよりも他のことに興味があるわたしの人生とは全然違う景色が見えるのかなあと思った。 

 

わたしが働き始めていたから、「心境の変化は?」などと聞かれたのだけれど、わたしは昼間の刑事ドラマの再放送が見れなくなったことが悲しいし、朝同じ時間に起きなきゃいけないことにストレスとプレッシャーを感じる。今はまだ自覚症状がないけれど、相当疲弊していると思う。と伝えた。

 

正直、わたしはわたしだし、覚悟していたよりもずっとみんなが優しく接してくれるから、拍子抜け、くらいの感覚でいるのだけど、そういうことは求められていないんだろうな、と思って口をつぐんでしまった。

 

働きはじめたって、心境の変化なんて何もない。働きたくない、としか思わない。だけど、使役され労働をすることが、分かりやすく手っ取り早くお金を稼ぐための手段であることは間違いない。だから、わたしは働く。

なんだけど、どうしても働きたくなかったり働けなかったり、働きたくなさが爆発することもあるし、その面では子供だなあと我ながら思う。

 

 

根本から行くと、こどもからおとなになってもなにも変わっていない。考えすぎる癖は抜けないし、何故を追求してしまうのも変わらない。だけど、自分で自分の機嫌を取れるのが大人になることなのかな、と最近は思う。

 

自分で自分のためにケーキが買えるし、美味しいものが食べられる。ヨガに通ったり、ふらっと新幹線や飛行機で遠出もできる。なぜなら我々は大人だから。

20年間生きてきたご褒美として、自己責任の名の下に自由が約束される。お金を稼ぐのもよし、お金を使うのもよし。借りることだってできちゃう。お酒も煙草もパチンコもできちゃう。こんなにたくさんある娯楽から好きなものが選べて、自由に謳歌できるようになる。

 

小さい頃、わたしの周りに、楽しそうに人生を謳歌している大人はいなかった。電車通学中に見かけるのは、暗い顔で満員電車に乗るサラリーマンと、疲れた顔したお姉さん。わたしは、大人になるのがひどく怖かった。

今になって、大人になって自分の好きなことができるところは悪くないな、とおもっている。

 

わたしは、小さい頃から「大きい会社でちゃんと正社員で働くこと」と「結婚して普通の家庭を持つこと」が「ちゃんとした大人になること」だと思ってきた。両親に言われてきたし、ことあるごとに期待されてきた。

 

「結婚して普通の家庭を持つこと」は早々に無理だと悟ったから、「大きい会社でちゃんと正社員で働くこと」は人一倍ちゃんとしようと思っていた。

 だけど、なんだかもうほんとに全部ぶち破りたくてむずむずするし、なんだかどうしたものかよくわからなくなっている。

自分で自分の殻を破るのが一番難しいな、とほんとうに思う。

友情と愛情の話

 

わたしには大学時代、暇さえあれば一緒に過ごしていた同じ大学の友人がいた。

 

元々彼女の友人で、そこからなぜか意気投合して二人でよく一緒にいるようになった。

学部が違ったにも関わらず、毎日飽きずに待ち合わせをして、カフェでお茶をして。今日のあったこととかやりたいこととかバイトの話とか、 将来の話とか。すごくたくさんのことを話したし、たくさんの時間を共有した。一週間と少し、二人で旅に出たり、知らない街に出掛けてみたり。彼女には話せないことをこっそり話したりもした。

 

その時の私のすべてを全部知っていたのはその友人だったし、友人のことを一番知っているのは私という自負もあった。「友達以上恋人未満」だったし、「悪友」だった。「相棒」で「戦友」だった。

 

大学を卒業してわたしが遠い場所で独り暮らしをはじめても、友情は続いた。旅行に行ったり、会って話す頻度は減ってはいたけど、この友情はずっと続くと思っていた。

だけど、そんなことなかった。

 

 

当時私には、高校生の頃から付き合っていた彼女がいた。若さゆえの不安定さを残しながら、周りにも恵まれて、高校と大学の思い出の全部が愛しの彼女(と平日の授業後はその友人)との思い出だった。そのくらい一緒にいたし、もちろんこれからもずっと一緒にいるつもりだった。

 

だけど遠距離になって、彼女と会える頻度が減って、そこに様々な理由が重なってお別れしてしまった。

そしてわたしはその直後、いまの恋人と出会って、お付き合いを始めた。今の恋人と付き合い始めたタイミングで例の友人と会う機会があった。

 

友人は、大学を卒業してから「婚約者が」とか、「~で声をかけられた男が」とか言うようになっていた。だが友人も(今は分からないが当時は)レズビアンを自認していたので、どう考えても、「好意を向けられることに喜んで相手の気持ちを踏みにじって弄んでいる」だけだった。

自己評価が極端に低い女だったので承認欲求を男に求めてるんだな、可哀想だな、程度にしか思っていなかったが、友人のことを思って注意してやれるほど善人でもなかった。わたしは「悪友」ではあったけど、友人の「家族」ではなかったし、「恋人」でもなかったから、自分で気付かないと意味がないんじゃない?と、一歩引いたところで話を聞いていた。 

だけど、そんなクソほどどうでもいい話を聞いていたら辟易する。

 

友人とご飯を食べながら、我慢の糸が切れたように故意に口を滑らせて恋人ができたことを友人に報告していた。

 

あの時の友人の表情はいまでも忘れられない。狐につままれたような表情をしながら、目から大粒の涙をポタポタ溢していたし、困惑していた。わたしも困惑した。

宥めても涙は止まらず、わたしも慌ててしまった。だけど見守るしか方法がなかったわたしは、端から見たら「友達を泣かした女」だったろうし、「間抜けな女」だったとおもう。

友人は混乱しながらその場で「裏切られた気がする」「仲間だと思ってたのに」と、絞り出すように教えてくれた。

 

その後、帰路につく友人を見送って、SNSで謝ったけれど、「こちらこそごめんね」という一言を最後に、こちらから連絡が取れなくなった。

 

 

当時、女の子がすきだったし、女の子しか好きになれないと思っていた。だから自分でも混乱していたし、私の人生最大の裏切りを許して貰いたかったんだと思う。今になって思えば、友人に甘えていた。いつもみたいに笑い飛ばすか、適当に流してくれると思っていた。 

だけどそんなのはこっちの都合で、そんなにうまくはいかなかった。泣かせてしまった。落胆させてしまった。

本人曰く、「推していたアイドルに裏切られてショックだった」と、共通の友人に内情を聞かれた際に例えて話しているようだった。

 

あのときの友人にもう一回会えたら何をどう話すのが正解なのか、未だに分からない。だけど、あの時の涙と友人の言葉が頭から離れないし、ふと思い出してしまう。

 

当時の恋人と別れた理由は1つではないし、2人の間の違和感を完全に他人に説明することは不可能に近い。だけどその努力をすべきだったのかなと今になって思う。

今の恋人と付き合っている理由も、ちゃんと話せばよかった。だけど、当時のわたしには、性別という大きすぎる、大抵の人が越えることのできない壁を体当たりで破壊して侵入しきた今の恋人について、ちゃんと言葉にする程の整理がついていなかった。今だったら当時より伝えられることは多いのかな、と思う。

 

 

 

なぜこんな昔話を唐突に始めたのかというと、昔の恋人が例の友人と久しぶりに会った行ったらしく、その時に私のことを聞かれたらしい。その他にも、同じように共通の友人から連絡があって、近況報告と共に「例の友人が気にしてたよ」と教えて貰ったからに他ならない。私自身も、ずっと引っ掛かっていた。

 

いま考えると、わたしは友人に依存されていたのではないかと思う。「悪友」とか「戦友」とか思っていたのはわたし一人だったのかもしれない。友人からすれば、わたしの「異性の恋人ができました宣言」で世界が終わったように感じたのかもしれない。今になっては何も分からない。

 

例の事件から年単位で時間が経っているので、あの頃よりもお互い大人になっていると思うし、大学時代の楽しかった思い出に嘘はひとつもない。あの頃はすべてが楽しかったし、それは全部友人がいてくれたからに他ならない。本当はもう一回仲良くなれたらいいのに、と思っている。あの頃みたいに一緒にベランダから朝日をみれたらいいのに、と思っている。

 

 

友情も愛情も、継続する努力とタイミングで全部雪崩のように崩れてしまうんだな、と、ここ一年くらいで痛感した。再構築するのもタイミングがとても重要だから、きっといま連絡しなければ生涯連絡を取ることはないのかな、と思うことも多々ある。今回のように。

友情と愛情の見分けもわたしにははっきり分からないのに、人間関係は選ばなきゃいけないし、私にはどうすることもできないことが世の中には山ほどある。だから両腕が届く範囲はせめて幸せであって欲しいし、私も一緒に世界一幸せになりたい。

 

覚悟と将来の話

この前、同棲を始めた友達のおうちにお邪魔してきた。

 

住所を聞いていたので、駅から歩いてひとりでおうちにたどり着いたんだけど、二人の価値観を表しているみたいなかわいいおうちで、外観を見たときに「愛の巣だなあ」と思った。

 

ふざけて「ただいま」って入ろうとしたんだけど、初対面の子もいたから大人しく「お邪魔します」っていいながら玄関で靴を脱いだ。だけどあとから話を聞いたら、他の子たちは「ただいま」って入ってきたらしい。わたしも「ただいま」と迷った、って言ったら笑ってくれて嬉しかった。

 

そこから夜ご飯を食べて、夜通しゲームをした。とてもたのしかったし、たくさん騒いだ。そして気付けば朝になって、おうちの住人の二人の話し声で目が覚めた。わたしたちはリビングの隣の部屋でマットレスをひいてもらって寝たんだけど、壁を挟んだところでお話している二人の声が、ぼそぼそ聞こえた。なんだか楽しそうで、二人の生活にお邪魔している感じがしてとてもよかった。そうそう、こういうのが見たかったんだよ。って思ったし、とても嬉しかった。起きてみたら太陽の日差しが綺麗だった。

 

そのあと、おひなまつりをした。ちらし寿司とお吸い物を振る舞ってくれて、みんなで食べた。薄味で安心する味がした。とても美味しかった。

 

 

みんながみんな、それぞれに世間と戦ってて、すごくいい空間だった。ほんとうに、あの場のみんながとっても好きだし、永遠に続けばいいのに、って思った。抱えてるものはそれぞれ違うし、色も形も重さも違うけど、毎日笑って、楽しんで暮らしたいみんなの気持ちが充満していて、とても幸せな昼下がりで、愛か溢れていた。きらきらしていた。

 

あのアパートには希望と未来が溢れていたし、根底には二人の覚悟が横たわっていた。綺麗事だけじゃ生きていけないんだなあ、って強く思った。

 

 

「わたしが先に介護されるかもしれないでしょ?」って笑って言い合える友達カップルたちがほんとうにかっこよくて、彼女たちみたいになれたらなあ、と思いました。

 

同棲と家の話

 

 わたしの家は、家族が法律だった。実家を出た今でもそれは変わらない。

 

だから、もし結婚とかそんなことになったら、両家への挨拶とか格式張ってちゃんとしてる結納とか、なんなら地域に伝わるナントカ行列みたいなのとか、餅を近所の人を集めて撒いたりするやつとか、披露宴は避けられないんだろうなあと思う。

 

わたしには結婚したことを披露したい友達もいないし、そこにお金をかけるなら、そのお金で旅先のホテルと道中の飛行機の座席をグレードアップしたい。余分に一泊したい。

 

ウエディングドレスを借りて、自分でメイクをして、着飾って、かわいいスタジオを借りて写真を撮りたい。写真が上手な友達に対価を払ってお願いできたら思い残すことは何もない。可愛さ(当社比)を保存できる。最高である。

 

……とまあ、こんなことをふわっと考えていたのですが。

 なんかもう全てがめんどくさくて砲丸投げしたくなるので聞いてください。

 

 

少し前、今の恋人と同棲の話が出たことがあった。ダメだとは分かっていながら、確認も込めて母に同棲に関する意見を求めたら、田舎の母が一人で乗り込んできたことがあった。誰かと一緒にしか乗ったことのない新幹線に仕事終わりに一人で乗って、都会の電車を乗り継いでわたしの一人暮らしの家まで急に訪ねてきた。

 

事前の連絡を全くせず訪ねてくる母にさすがに辟易したし、もう、ほんとうに嫌だった。ほんとうに嫌だった。ほんっとうに、ほんとうに嫌だった。どこにいてもこの家族はわたしの家族で、わたしは死ぬまでこの人の子供なんだなと突き付けられて死にたくなった。心配してもらっていることは分かる。とても分かる。感謝の気持ちもあるし、申し訳なさもあるんだけど、絶対に会わない。と思ってしまった。

 

死にたくなりながら話を聞いた結果、「私の中の価値観が~」とかなんとか言って猛烈に反対された。その挙げ句、今でもたまに「同棲は~」とか、思い出したように言われる。言われるたびに死にたくなる。

 

 

 

私の考えは、といえば、特にどちらかに固まってはいない。

同棲が結婚への必須条件だとは思っていない。なんなら付き合う期間だってどっちでもいいとおもう。相手による、というのかなあ。そんな感じ。

 

相手がもし一人暮らしなら、生活っぷりはおうちにお邪魔すればなんとなくわかる気がする。日々の会話のなかで一人暮らしあるあるとか、こんな料理がお手軽だよとか、そんな話題が出たり出なかったりでなんとなくわかるんじゃないかと勝手に思っている。本当の本当のところはわからないかもしれないけど、実家暮らしの人といきなり一緒になるよりいいんじゃないかと思っている。

 

今の恋人は、実家暮らしだ。


だからわたしは、今の人と同棲なしで結婚できる気がしない。

今は週末一緒に過ごしている。一ヶ月の週末が8日あるうち、5日くらいは一緒にいる。

わたしが一人暮らしだからわたしの家に来てもらっているのだが、本当に気を遣わせている。

 

私は、いくら恋人でも、「自分の家」だから好き勝手して欲しくなくて、だから気を遣って欲しいし、そうあってほしいのでそれでいいんだけど、それにしても日常の姿が見えない。何も見えない。

 

し、私も出来る限り取り繕っている。

 

一緒にいるときは、独り言で口汚く、机の角に小指をぶつけた自分を罵ることもしないし、使い終わった食器も洗濯もこまめに洗うし、お風呂も入りすぎなくらい入る。別に気が乗らないときもちゃんと恋人の話を聞くし、恋人がたまに手伝ってくれる洗い物に時間がかかりすぎても水を出しすぎていてもニコニコしている。脱いだコートをほったらかしにしていても、靴下が脱ぎっぱなしでも、大きい子供だと思って褒めて伸ばすことを心掛けている。 

 

もうわたしほんと偉くない???????

思い出したらイライラしてきた。

 

ほんとに、マジで、わたしの思った通りに動けよ今すぐ。って思うんですよね、イライラゲージが貯まると。 外にいたら貯まらないんです。自分のテリトリーじゃないから。だけど自分だけのテリトリーに入った瞬間すごい勢いでゲージが貯まっていく。

 

 

自分だけの部屋なら、部屋が汚いとか服が散らばっているとかの事象の原因が全てわたしだから自業自得だし納得もできるんだけど、自分以外の何かが散らかすのすごく腹立たしいんです。

 

それもあって家を出たいとずっと思っていました。自分だけの空間がとにかくほしかったので人と暮らすのはほんとうに向いていないし、子供なんて尚更だと思うんです。

 

だからね、一緒に住んでみてお互いの家事に対する本音を確認したりとか、これからちゃんと生活をしていくのがどれだけ難しいのか試した方がいいとおもうんですよ。

幸いにも今まで「家族のスペース」「自分のスペース」しか体験したことがないのでとても不思議だし、現実的に考えて「自分の部屋」は確保できるのか分からないので、一人になれる場所を探してさ迷う癖がある私は不安しかないです。

 

 

でも、両親が言う所謂「昔ながらの価値観」もわかる。分かるからこそ、勝手に出ていったところで事態は好転しないし今後気まずいのも嫌じゃないですか。だから相手が「説得できないなら勝手に一緒に住むしかないよね?」って言ったのが絶対に許せないんですよ。 

 

 

 

何の話かわからなくなってきたところでもうひとつ。家事に対する覚悟の話を。

先週末の話なんですけどね。

 

恋人とご飯を食べているときに結婚相手に求める条件の話になりまして。私は、「料理のできる人」と言ったんですけど、その一言が発端でした。揉めました。

 

私の発した言葉の「料理」の意味は、「献立を作買い物をして調理をし後片付けを行う、という工程を、家計のやりくりをしながらできる人」だったのですが、その認識が自分でも出来ていなかったので、「料理(調理)はやればできる」とか「死の危機に瀕したら作れる」とかガンガンに言われて八つ裂きにしてやる…ってくらいにムカつきました。ほんとうにそういうところ嫌い。

 

でもそれは私が言葉を整理せずに口から発したから悪かった。私の中の「料理」に対する認識を噛み砕いて教えてあげられなかった私が悪かったんです。

 

 

そこで意見を言い合うなかで、つい、「極論を言えば家事全部別でいいじゃん。」って言ったら「そうだよ。極論を言えば。」などと口走ったので、覚悟はできているみたいでした。

 

もう、なんか、果てしなくイライラしたしめんどくせーことこの上なかったので、そのひとことを聞けて安心しました。

 

最近、他人のこどもが可愛くて育児ブログをちょくちょく拝見しているんですけど、体力面精神面で子供を産むという行為が相当しんどそうなんですよね。だから早めに産みたいんですよ。産むなら。

だから逆算してみたらそろそろ同棲して半年くらいで結論を出してほしいなと思いました。

 

アラサーなので婚活市場でも市場価値が下り坂だし、可能ならば人生経験として一度は婚活もしてみたい。

わたしにはやりたいことがいっぱいあるし今後の人生設計も変わってくるので、こんなところで足踏みして若さを浪費するのは間違っているのではないかと思い至りました。

 

そして別に、待つ必要もないのでは、と。

自分の人生なので自分でなんとかしないと。

 

 

両親曰く、「入籍日決定の上結婚を前提に同棲」ならいいらしいので、こちらからプロポーズをして手っ取り早く同棲に持ち込みたく思います。

 

考えてもどうにもなんねーんだからさっさと動いた方がよくない?無理なら無理でしょ。

というのが現時点の考え。

 

 

勢い余ってとてもいいホテルとディナーを予約したので、半年後くらいに逆プロポーズしてこようと思います。ていうかもう時期は別としてお互いに結婚する意思が固まっていればプロポーズとかは再来週とかでもいいのかな。ウケる。

 

なにも考えたくなくて、さっさと白黒つけてやる。という気分です。

 

 

誕生日の話

 

誕生日を迎えた。

 

昔、学校のセンセイが、「誕生日は自分が生まれたことに感謝する日」「周りにありがとうを伝える日」と言っていたのを、この時期になると毎年思い出す。

 

わたしは友達でいてくれる人たちが大好きなので、毎年何かしらで感謝を表現したいと思っているのだが、なかなか難しい。感謝を表現する、というと、安直にオススメのお菓子とかちょっとしたコスメとか、そんなものになりがちなんだけれど、今年は、ひとりずつのことを考えて感謝する年にしたいな、とおもいます。

 

今まで生きてきて、今年の誕生日が一番楽しかった。友達がいるってすごいことだなあと思う。

 

新しいことに挑戦しながら周りに感謝して、自分の言動に責任を持つ1年にしたいと思います。

 

コミュニケーションの話

 

先日、恋人と「君の名は。」を見た。地上波で放送された後の週末に、月額制の配信サイトで見かけ、見るなら今しかないよね、とかなんとか理由をつけて二人で見た。

 

絶対に一人で見たくなかったから、二人で見た。号泣することが明白だから。私が。

 

あらすじは、なんというか一言で言えばラブストーリー。CMでこれでもか、と流れていた「私たち、入れ替わってる……?!」ってやつ。

 

まあ、そんなこんなでちゃんと見ました。最初から最後まで。視聴後、恋人と話していてとても引っ掛かったことがあったので書き記しておく。

 

 

ちょっとここで私の青春の話を聞いてほしい。青春とインターネットの話。

 

わたしは、インターネットが普及し始めた00年代始めに、個人サイトや当時のSNSを駆使して青春を謳歌した。

 

特定のチャットに入り浸るところから始まり、掲示板で交流し、当時のSNSで相互フォローになったひとの日記に一喜一憂して、個人のブログを追いかけて。インターネットにどっぷり嵌まっていたアラサー世代ならドンピシャで胸にクる記憶なんじゃないかと思う。

それで、全然知らない人のことをなんとなく近くに感じたり、遠くに感じたり。その鬱憤や諸々を元凶であるインターネットに投げ捨てて、また拾ってもらって、そんなことの繰り返しだった。

 

当時のインターネットは私たちの逃げ場だったし、好奇心と自尊心と虚無感を満たしてくれるものだった。

インターネットに感謝したり、こんなものなかったらよかったのに、とか、いろいろな感情を抱きながらわたしは大人になった。

 

そして大人になった今、昔はわたしたちの逃げ場だったインターネットは、その役割を終えたように見えるほど、違うものになった気がする。

インターネットにおけるコミュニケーションは身近になった。世間から認知された。逃げ場でも何でもなく、自己顕示欲を満たすために、とか、そんな使われ方をしている。

 

 

 

さて、話を戻す。

恋人が「君の名は。」の視聴後、「なんでこれで恋が生まれるの?あれで好きになるのかなあ?」と言うのだ。

 

それを聞いて、違和感を感じた。私は劇中で生まれる恋心になんの疑問も抱かなかったからだ。なんの疑問も抱かずにぼろぼろ泣きながら見た。

 

あの映画は、好きになる理由がちゃんと描かれていたと思う。よくわかった。寧ろ丁寧すぎるのではないかと思うくらいだ。痛いほどの二人の気持ちを感じたし、「ああ、わたしでも好きになっちゃうな、」とか、「これはダメだあ……ダメだよ……」とか、見ながら口から漏れていたかもしれない。

でも、そう感じるのは「経験があるから」に他ならなかった。

 

それを踏まえて、同じ時代を生きてきてもコミュニケーション方法が違うんだなあと思ったし、恋人と私は完全に別人なのだと再認識した。

 

 

昔、恋人と「会話は重要なコミュニケーションか」とかなんとか、そんな話題で意見が食い違ったことがある。相手は、「会話をしないと相手のことが分からないし、会話が一番のコミュニケーション」というものだった。対してわたしは、「会話がなくても同じ空間に居られればそれで」とかそんな具合で平行線を辿り、ついには落としどころもあやふやなまま終わったのだが、その時の違和感の一因もここにあったのだなあと腑に落ちた。

 

 

 

なんだか、この事実に気付いたとき、私は今まで狭い世界のなかで深い付き合いをする相手を選んでいたのだなと強く思った。いやあ、この歳になってそんなこと思い知らされるとは。

 

あと、「あなたとわたしは別人である」という前提に立てたら、もっといろんな人と仲良くなれるしわかりあえるのでは、とか、そんなことをふわっと思いました。

 

人間って面白いね。

家族の話

 

わたしは、家族が苦手だ。

 

とても、いい人たちなのだと思う。大人になるまでわたしのことを育ててくれたことに感謝しかない。だけど、未だに両親との距離の取り方が分からないで居る。

 

 

明確に転機になった出来事は分からないけど、「話を聞いて貰えなかった体験」「過保護な家庭環境」が原因なんじゃないかなあと思う。

 

わたしの両親は共働きで、祖父母に育ててもらった。実家を出るまで、朝晩とおばあちゃんの手料理を食べて育った。母は、朝ギリギリに起きて自分のことをして出勤。祖父母に起こされていたのも何度か見かけた。父には平日は会えなかった。たまに朝見かけるとか、その程度だった。今になってみれば終電あたりに帰ってきていたのだろうが、当時はそんな時間まで起きていなかったので、「大人になったらこんなに働かなきゃいけないんだなあ、やだなあ」くらいにしか思っていなかった。

 

小学生の頃からいくつも習い事をやらせてもらっていたので、家にいる時間もそんなに多くなかった。なので日曜日も、あんまり家にいなかった。勿論平日よりは家族といる時間が多かったが、片田舎に住んでいたので庭の手入れとか畑の手入れ、稲刈り、納屋の整理とか、なんだかんだ母に理由をつけられて父はほとんど家に居なかった。居たのかもしれないけど、家でゆっくり一緒に過ごした記憶はあまりない。

 

 

 

例えば、私がお菓子を買って欲しかったとき。

とにかく「だめでしょ」と叱られた。だけど私はそれで納得することもなく、「やだやだやだやだ、絶対欲しい」と駄々をこねた。ずーっと駄々をこねていると、お店の人に迷惑をかける、周りに迷惑をかける、という理由で買ってもらえた。そこにわたしが欲しい理由なんて存在しなかったし、幼い頃から「我が家の常識」は「両親(あるいは家族)の常識」だった。

 

わたしがそれに疑問を持ち始めたのは、小学生か中学生の頃だった。最初は小さな違和感でしかなかった。「よそはよそ、うちはうち」と小さい頃から呪文のように聞かされてきた私にとっては、「そんなもんなのかなあ」とか、「仕方ないなあ」とか、そんな感想しか持たなかった。

 

そのまま高校生まで育ち、大学生になり、自分は過保護だったのだと思い知った。

 

確かにいま考えてみれば、ちょっと変な家だった。中高生の間は、部活をしていたり塾に通っていた。部活が毎日あったが、部活を休んで塾に通っていた。母に言われたし、それが正しいことだと思っていたから、部活より塾を優先した。部活も辛かったからちょうどいいや、くらいに思っていた。

大学生になると朝帰りなんてもってのほか、終電で帰ってもちくちく言われ、夜の9時10時を過ぎても連絡を忘れるようなことがあれば、鬼のような着信履歴が残っていた。当時は特になんとも思わなかった。なぜなら、同じような家庭環境、もしくはもっと過保護な家庭の子と仲良くしていたから。

 

彼氏は?とか、どんな友達がいるの?とか、事細かに聞かれた。当時、既に彼女がいて、インターネットで知り合ったお姉さんと遊んでいたわたしは全て嘘で塗り固め、適当にはぐらかしていた。嘘をついて隠す気なんてさらさらなかった。嘘であることはバレバレだったとは思うが、共通の知り合いが居るわけでもなかったから、わたしが話さなければ真実がバレる心配なんてひとつもなかった。だからどんどん嘘をついた。絶対に本当のことは言わなかった。

 

わたしは、家族の常識から外れた人間であるといつからか自分にレッテルを貼り、ここまで生きてきた。いつからだったのかはもう覚えていない。

気付いたら同性愛者だったし、世間にどう言われるかより自分が大切だったし、みんなと違うことがしたかった。

だから、家族に「外面だけはいい」とかさんざん言われてきたけど、それはお前たちにとって好都合なんじゃないの、とか、そういうことを思って生きてきた。

 

過保護な家庭で育った女の子がいろいろな経験をして成長するドラマを見て、わたしの家は過保護だったんだな、と、とても思った。

全く気づかなかった。ほんとうに、全く。

 

 

 

 

わたしは、幼い頃母に刃物を向けられた経験を今でも思い出す。わたしに刃物を向けながら母は笑っていた。家族もみんな笑っていた。理由はとっても些細なことで、お風呂に入るとか入らないとかそんな話。わたしに包丁を向けたことを母は覚えていないと思う。

 

あんなこと些細だと思えば思うほど、頭からこびりついて離れなくなる。

 

 

幼い頃から日常的に虐待を受けていたわけでもないし、習い事もさせてもらった。恵まれて育った自覚はある。愛情をかけてもらったんだとおもう。

 

自分の過去を型に嵌める必要がないことは分かっているし、私が特別だなんて思っていない。どこにでもある、普通のことなんだろうと思っている。

 

 

わたしは、家族のあり方を、自分の体験でしか知り得ない。だから、「家族になる」ことがひどく怖い。自分と同じ思いをさせたくないし、させないようにする方法も分からない。

 

子育てに興味はある。だけど、覚悟とか「幸せにしてやる」っていう強い気持ちとか、そんなのがないと、前向きな「いつか子どもがほしい気持ち」も「子育てをしてみたい気持ち」も表明してはいけない気がするのが息苦しい。

 

結婚がリアリティを増して私の前に現れたときから、子どもについて考えることも増えた。だけど私の周りには、そんなことを相談できる(ほど信頼できる)友達が見当たらなくて辟易する。ぜんぶ抱えて飛び込まなきゃいけないと思うと、飛び込むのを辞めてしまいたくなる。

 

 

子育てとか結婚が、みんながするものじゃなくて、ちゃんと自分の意思で選べるようになった。だから選ばなかった人たちや選べなかった人たちからの声も大きくなって、「なんとなくしてもいいかな」とか、ふわっと思っている人たちが声もなく消えていっているんじゃないか、と思う今日この頃です。

 

 

幸せのかたちは人それぞれ、ぜんぶ違うと思うのにね。好きにさせてほしいね。