バナナはおやつ

しがないOLの人生とその先について。

自由と責任の話

一昨日、とあるプロダクトの撮影をして貰ってきた。
とても楽しかったし、わたしの人生はここから動くんじゃないかとわくわくしている。


遡ること3ヶ月ほど前。
わたしは泣きながら、noteにELLEGARDEN復活のエントリを書いた。自分の中の全部を、後から読み返す自分のために整理整頓してインターネットの海に投げた。

そしたらその文章を目に留めてくれて、声を掛けてくれた編集の方がいた。わたしのターニングポイントはそこにあったのだと思う。


「誰かに趣味でやっていることを肯定してもらう」体験と、「思いがけず誉めてもらう」体験と、「インターネットでよく見るひとと話す」体験を、いきなり周囲に与えてもらった。

しがないOLの、ほんとうに趣味で吐き出した魂の叫びに、前から「すごいな」と思っていた人から反応がもらえたのだ。別世界に住んでいるんだろうな、と思っていた、憧れの人に声を掛けてもらえた。


これはご褒美だと思った。
だから、そのきっかけをどうしても何があっても逃したくなかった。
インターネットでよく見かける、まっすぐ頑張って悩んだりしながらきらきら生きている、ちゃんと自分の人生に向き合っている大人にわたしもなりたかった。



以前、もう全てが嫌になったときに、家族にこの先の将来の相談をしたことがある。「なんで働くの、わたしに教えて」と泣きながら父に問い掛けた。

あの頃のわたしは、なんで働かなくちゃいけないのか、もう全然わからなかった。突然異動になって、毎朝5時に起きて満員電車に乗って会社に行かなきゃいけないこととか、駅から20分砂利道を歩くからヒールの高いお気に入りの靴じゃなくて運動靴で通っていることとか、毎日作業着を着なくちゃならなくなったこととか、全てが嫌だった。ホラーテイストの悪夢を毎晩見ていた。もう限界だったんだと思う。ちゃんとした社会人をしている父にそれらをぶつけてしまった。

父は「働かなかったら食べ物が食べられなくて死ぬ」とか、この世の摂理を教えてくれた気がするが、もうそんな話は聞いちゃいなかったし、なにより忘れてしまった。対話であって対話でなくなっていたな、と今になって反省している。

からしたらこの上なく厄介な娘だったことだろう。申し訳ないことをしたな、ととても思う。



わたしは、いくつになっても、所謂普通の大人になるために考えなくてもいいことも、考えることを辞められなかった。世の中のホンネとタテマエに、社会に出たって目の当たりにしたって、全然納得できなかった。

太陽が西から昇ったって、明日世界が滅びるらしくても、ただただ嫌なことを耐えて働きたくなかった。


それからの1年くらい、わたしのなかで、働きたくなきゃ働かなきゃいいじゃん→働きたくなかったら雇う側になればいいのかな?→私には何も出来ないしなあ、の堂々巡りがずっと行われていた。

転職もした。でも答えは見つからなかった。


そして3か月前、その堂々巡りに終わりが来た。
それがあの出来事。

あれを与えてもらったから、「やってみる」ことにした。とにかく、なんでもいいから、やってみることにした。



元々、インターネット生まれインターネット育ちなので、「半年ROMれ」と「ハンドルネーム」、「アニメアイコン」でインターネットの海を泳いできた。

実名公開は勿論、顔面を出すなんてもってのほか。
だから、写真を撮られることにはとても抵抗があった。

だけど、もう私には意地もプライドも何もなかった。守る面子も、守りたいものも何もない。今はただ後悔のないように生きたい、そう思う。やってみて、ダメなら辞めればいいし、続けたかったら続ければいい。フラットな気持ちでそう思えるようになった。



大学生の頃のわたしは、みんなでふざけて撮る写真にもうまく写れなかった。
自分の外見がみんなより酷く劣っている気がしてうまく笑えなかったし、出来上がったものを見ても楽しそうじゃなかった。写真に写ったわたしも、写真を見るわたしも、全然楽しくなかった。

だけど、最近のわたしはどの写真を見ても楽しそうに写っている。

写真の中のわたしが特別写りがいいわけではない。半目だったりフェイスラインがまんまるだったりする。それはそれはコンプレックス丸出しな写真だけれど、写真を見返すときもとても楽しくて、何度も何度も見返して幸せな気持ちになっている。

そして一昨日、撮られているときにとても楽しかった。撮られるたびに、知らず知らずのうちに自分の外を固めてきた厚い厚い殻が溶けていく感覚があった。


この変化を感じられたのは、ひとえに周りの人のおかげ。

ここ半年ほどで、自分を曝け出すようになった。そしたら、少しずつだけど、「それでいいじゃん」と言ってくれる人達に囲まれつつある。


それに伴って、高校時代から固定メンバーだった「仲のいい人達」が大幅に入れ替わっている。

最初はとても戸惑った。本当にこれでいいのか、あの頃を捨てるのか、と、高校生のわたしが力一杯叫んでいた。だけどもう、あの頃には戻れないのだ。何があったって前に進むしかない。ムカつくやつはムカつくし、距離が欲しけりゃ取ればいい。仲良くしたいひとと仲良くする。そんな簡単なことに今さら気付いた。

何があったって、わたしたちは自分の人生を生きるしかない。


わたしはきっと、「みんなの笑顔が好き」なのだ。ムードメーカーになれない器なのは分かっている。だけど、大切な人たちが笑ってくれたり楽しそうにしていてくれるならそれでいい。今周りにいてくれるみんなに、そのことに気付かせてもらった。



思えば父に向かって「なんで働かなきゃいけないの」と喚いたあの日から、何度も何度も同じことを思って、何度も何度も諦めて、ようやく、やっと、動くことができた。とてもとても遠い道のりだったし、迷って悩んだ。さらには遠回りもした気がする。だけど今日、殻にヒビを入れられた。

これは、外側からみたらとても小さな亀裂かもしれない。だけど、それでも、わたしにもできたのだ。
遅いとか早いとか、あの子はどうだとか、周りは一切関係ない。これは私と私の戦い。



わたしは自由なのだ。何をしても、どこに行っても、全部自己責任で成し遂げられる。


会社を辞めて、自由な時間を使って散々考えて、その結果が今出た。

一歩踏み出してしまえば、きっともうなんとかなるし、なんとかするしかない。 もう一歩踏み出して自由になる感覚を体験してしまったから、わたしは戻れないと思う。

きっとこれからも3歩進んで2歩下がるんだろうけど、それでも、自分の人生を生きていきたいと思う。